創意に生きる 中京財界史 (文春文庫)
城山 三郎
文藝春秋
2021-10-06



 城山三郎「創意に生きる 中京財界史」(文春文庫)は,城山三郎がまだ20台のころに新聞に連載した記事をまとめた書籍です(小説ではありません)。1955年の作品ですが,最近文春文庫が新装版を刊行してくれました(電子書籍としても読めます)。

 タイトルのとおり,幕末・明治維新以降の名古屋を中心とする中京地区の財界史について書いたものです。

 トヨタ自動車の源流となる豊田自動織機製作所を創業した豊田佐吉,百貨店の松坂屋(もともとは「いとう呉服店」),陶器のノリタケ(日本陶器),鈴木バイオリン,愛知時計(現在の愛知時計電機)といった現在まで続く名門企業が中京財界でどのように興り,発展したかということが時を追ってまとめられています。

  前半の主役は,奥田正香(味噌・醤油の事業から始まり,東洋紡績,日本車輌,東邦ガスなどの源流となる事業を立ち上げた中京財界の中心的人物),福沢桃介(福沢諭吉の養子,木曽川の大井発電所などの開発に尽力)といった草創期のエネルギーに溢れた人たちです。
 
 福沢桃介については,「木曽川の電源開発をした人」というくらいの知識しかなく,奥田正香に至っては名前すら知らなかった私には,大変興味深く,また勉強になる本でした。
  
 職人・研究家肌の豊田佐吉が,財閥系企業に利用されるだけ利用されて追い出され,再び自動織機製作の事業を一人で始め,成功をおさめ,息子に「ぜひ国産車を我が社で開発するように」と託し,今度は息子が奮闘するという経過も,小説のような起伏に富んだ話で,面白いところです。後半の主役は,この豊田父子といっても良いかもしれません。

 「中京財界史」は,昨年愛知県内の企業や大学から在庫の問い合わせが相次ぎ,出版社が新装版の刊行を決めたそうです。
 
  東京,大阪とはまた違う側面をもった中京財界の歴史的経過を知るには,手がかりとして良い本ではないかと思います。