昭和38年に国税当局が,栃木県の飯塚毅税理士の関与先(顧問先)69社を一斉に税務調査し,その後,検察当局に事務所職員4名が逮捕,起訴されるという事件が起きました。飯塚事件の始まりです。

  飯塚税理士は,理論家肌の厳格な税理士で,税法に深く通じ,ときに監督官庁である大蔵省(当時)の官僚にも容赦なく間違いを指摘し不服申し立てを起こすなどの行動から,税務当局に疎まれていた税理士だったようです。また,飯塚税理士は,旅費に関する税務署の否認処分を税法違反の根拠のないものであるとして,国(国税庁)を相手に訴訟を提起していた最中でした。

 従業員の逮捕の嫌疑は,税理士法違反でしたが,検察は税理士法違反では起訴できず,法人税法違反教唆,証憑隠滅罪という罪名で公判請求しました。これは,飯塚税理士が顧問先に指導していた「別段賞与」の扱いと理事会議事録作成指導等に関する点を問題としたものでした。

 国税,検察も飯塚税理士本人を検挙することはできず,従業員4人も徹底して無罪を主張し,昭和45年に裁判所は全員に無罪判決を言い渡しました。検察は控訴することすらできませんでした。

 国税庁からすれば,「たかが税理士風情が,国家に楯突くのであれば抹殺してやる」といわんばかりの徹底した弾圧事件であり,野党,与党を問わず国会議員からも飯塚事件には激しい批判が巻き起こったようです。

 高杉良「不撓不屈」は,この飯塚事件を題材に「税理士の独立」とは何か,国家権力の弾圧の恐ろしさを描く小説です。高杉良は経済小説の名手ですが,その中でも「不撓不屈」はベスト5に入る傑作ではないかとおもいます。

 わたしが,この作品を読んで思ったのは,弁護士自治のことです。

 弁護士は,ときに国家権力と激しく対決する必要があることから,制度的に自治が保障され,監督官庁はありません。ここは税理士と大きく違うところです。
 飯塚税理士が国税庁から受けたような激しい弾圧は,弁護士自治が無くなれば,対岸の火事とはいえません。

 その弁護士自治もいまや風前の灯かもしれません。日弁連は,自ら弁護士自治を破壊する方向に突っ走ろうとしています。杞憂に終われば良いのですが。



  
不撓不屈 (角川文庫)
高杉 良
KADOKAWA
2013-05-25